人って面倒な生き物です。。
自分も他人から見れば面倒な生き物の中の一人
みんなそれぞれ個性というものがあるから、
だから面倒くさい、だけど面白い!!

個性にも色々ありますよね。
年代別の個性は時代が作り出したもの。
個人的個性は生活環境が作り出したもの(それだけとはいえないが)。
そんな個性は否定すべきものではありません(例外もあるが)。。

京都などの古くて情緒ある町並みとか、
現代から見れば「時代が作り出した個性」ですよね。。
骨董品なんかもそうでしょう。


さて、新しい個性・ふるい個性、色々な個性が尊重しあって共存できる世界、
イメージできますか?
そんなん絵に描いた餅や!なんて思う方も多いでしょう。
私も正直にいえば、理想としては素晴らしいが現実には難しいと思います。
しかし、遥か2200年前に、そんな理想を実現しようとした人物がいたようです。
と、これはあくまでも私の自説であって公に証明されたものではありません。
今私は、諏訪に残された数々の考古資料を参考に、その復元を試みています。

ところで、その人物とは?といいますと、
そのお方が諏訪大社に祀られる「タケミナカタのみこと」です。
2200年前に諏訪に現れた竜蛇族(出雲族)の王者。
その人の理想は、少なくとも600年近くはこの諏訪に生き続けたと私は考えています。。
その理想を現代に蘇らせることを願って、
私は自身のブログや書籍に、「蘇竜聖園」と名付けました。
そのイメージを知人に絵にしてもらったのがこれです。
表紙1

一つだけ例となる遺跡についてお話しましょう。
諏訪市四賀「有賀氏祝神遺跡」と呼ばれる遺跡地から発掘された遺物についてです。
この遺跡地周囲には「ミシャグチ平遺跡」などの重要遺跡もありましてね、
ミシャグチ平遺跡からは弥生時代中期(今から約2200年前)の
「黒い石で造られた剣(諏訪市博物館展示)」などが出土しています。
2200年前、タケミナカタの時代ですね。。
これも神が人であった頃の話です。。。
そに付近には足長神社がありまして、平安時代初頭、
上社中興の祖といわれる「有員(ありかず)」に崇敬され、
大規模な造営が成されたと伝わります。
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この岩も、足長神社境内の裏側に鎮座するものです。

前置きが長くなりましたね。。
問題の「有賀氏祝神遺跡」は、上の写真でいえば右奥、
写真から若干ずれるかな、という場所です。
そこから何が出てきたかといいますと、
輸入須恵器と縄文中期型石棒が並んで置かれていた、
というものです。

少し説明が必要ですね。。
須恵器というのは元々は朝鮮半島で作られていた土器でしてね、
4世紀末(今から約1600年前)頃に日本に輸入され始めて、
5世紀には国産化されたという土器です。
有賀氏祝神遺跡の須恵器は明らかに輸入されたものだといいます。

一方の、縄文中期型石棒といいますのは、
縄文時代中期(今から約4000年以上前)に、人々に拝まれていたと考えられる
石の棒でして、男性性器の形をしているのが特徴といえます。。
IMG_6254
こんな感じです(上の写真)。
写真は別の遺跡公園(諏訪郡富士見町井戸尻遺跡)に展示されていたものです
このような石棒は、子孫繁栄を願って拝まれたものと考えられているようです。
ようですと書きましたが。おそらくはそれで間違いないだろうと私も思います。


簡単に説明させていただきましたが、
つまり、有賀氏祝神遺跡で出土したものは、
最先端(当時の)の文化ととても古い文化との共存です。
違う言い方をするならば、全く異なる個性同士が尊重し合う姿です。
いかがでしょう、これを読んでくださっているあなたなら、
そこにどんな世界(あるいは景観)をイメージしますか?


ところで、それ(有賀氏祝神遺跡)の事象がタケミナカタの影響であるとする
根拠は何か?と思われる方もいらっしゃるでしょう。。
それについてもこれまでにブログや書籍で書いてきたことですが、
一例として岡谷市「海戸遺跡」における
縄文中期型土器と弥生中期型土器との共伴(一緒に出土する)があります。
それは撹乱された地層(後世の開発によって地層が乱れること)ではありません。。

そして、その時代(弥生時代中期)にタケミナカタが諏訪に現れたことを証明する遺物が、
岡谷市「天王垣外遺跡」で発掘された大量の玉類(東京国立博物館所蔵)だと考えます。
{*ヒスイ製勾玉66点を含む総数362点の玉類}
その勾玉の形状は、上越市「吹上遺跡」で作られたものと極めて類似しており、
尚且つ上越は、タケミナカタの母「ヌナカワ姫」の実家勢力の影響圏ではないかと
考えられます。
また、ミシャグチ平遺跡出土石剣と同形の石剣が上越市でも出土している。


玉類?何それ?という方々もいらっしゃるでしょう。
それは、分かりやすくいえば宝石で作られたアクセサリーです。
古代では権力の象徴ともいえそうです。
岡谷市で出土したそれは、二人分の首飾りだといいます。
二人分?おそらくは夫婦のものではないかと私は思うのです。
諏訪大社の伝説にある上社の男神と下社の女神??
なんていう想像もありえるかと思いますよ。。

それでは最後に一曲
SCANDAL「imege」
おまけに、この曲のレコーディング風景の動画です!


<参考>
・諏訪市史
・岡谷市史
・赤い土器のクニの考古学(雄山閣)
・出雲と蘇我王国(大元出版)
・他